知らない人生

「さらに、無名の俳優を使うことによって〜」

 

その一言によって、教室に微妙な空気が流れた。驚きと冷笑が混ざった、そんな空気。

 

発言者は40代前半(たぶん)。男。職業は研究者。分野は英文学。

授業で、CMの技法の説明をした時の事だ。

 

その時、僕らの目の前では、ファブリーズのCMが流れていた。

 

喫煙所で上司と会話する男。充満するタバコの臭いに堪らずガラスにへばりつく男。視線の先に、美人の同僚を捉えた男。ファブリーズをスーツのジャケットに振りかけ、臭いの取れた(であろう)ジャケットを抱きしめる男。

 

記憶に新しい人もいるだろう。

そう、その男、高橋一生である。

 

その甘い顔とシブい声、セクシーでありセクシーな俳優でセクシー。高橋一生である。

 

活動開始より徐々に徐々に人気を獲得し、ここ数年で大ブレイクした売れっ子俳優。高橋一生である。

 

兄から「顔が似ている」と言われ、僕が勝手に親近感を抱いている。高橋一生である。

 

21世紀も20年近くが経とうとし、平成も終わりかけの頃に、高橋一生を「無名の俳優」といえば、侮蔑と冷笑に迎えられることは請け合いである。

 

僕も正直「えっ」とは思った。

 

が、今になって思う。僕は彼が羨ましい。

高橋一生ではない。英文学さんの事が、だ。

 

そもそも高橋一生を知らなくて何か問題があるのだろうか?

せいぜい、会話についていけない、とか、「高橋一生みたいな」という言葉によるイメージが思い浮かばない事ぐらいではないだろうか。

 

英文学を研究する彼が高橋一生を知っている必要は全くないし、僕らが、少なくとも僕は、僕が、高橋一生を知っている必要は全くない。

高橋一生だって、ファンタに夏限定の味が出た、ぐらいの、日常の些事な事である。

 

俗世に生きていないのだ、その彼は。

 

高橋一生を知らない人生」

 

知らなくても良い人生、かもしれない。

 

僕はそれが羨ましい。

 

 

あばよクラリモンド

去年の2月ぐらいから始めた「月曜日からbutcher」を1度終了させ、本日より「あばよクラリモンド」と名前を変え再開しました。

 

過去の記事を全て消して名前変えただけなんだけどね。

 

なんか、あまりにも湿っぽくて暗かったので。

 

性格が変わったわけじゃないけど、一度昔の自分を切り離したくなったのです。

 

方針とか決めると堅っ苦しくなっちゃうから、のびのびとやっていきますよーと。